2025年7月10日 UBIリサーチ
ディスプレイはもはや車のインテリアの一部にとどまらず、ユーザー体験(UX)全体を左右する中核的なインターフェースとして位置づけられつつあり、技術の進化もまた新たな転換点を迎えている。その中心にあるのが「ストレッチャブル・マイクロLED(Stretchable Micro LED)」技術だ。自由な曲面適用はもちろん、伸縮性や立体的な物理操作の実現も可能であり、特に自動車産業においてデジタル・インターフェースの未来技術として注目されている。
OLEDからマイクロLEDへ、転換の理由
初期段階では、有機素材を用いたストレッチャブルOLEDが有力候補として研究されてきた。OLEDは薄型で自発光という特長があり、歩留まりの面でも比較的優位にあった。
しかし、OLEDは水分や酸素に弱いため、TFE(薄膜封止技術)が必須となる。この封止層は柔軟性と伸縮性の両立が難しく、特にディスプレイを伸ばす環境では亀裂が入ったり、均一性が損なわれたりするという問題がある。そのため、実際に伸ばせるOLEDの伸縮比(stretch ratio)は10%未満に制限される。これを背景に、近年ではストレッチャブル・ディスプレイ研究の主流が再びマイクロLEDに移りつつある。
マイクロLEDの優位性と課題
マイクロLEDは無機材料ベースで構成されており、高温・振動・紫外線など車内の過酷な環境でも安定動作が可能だ。実際に2023年にはSamsung Displayが11インチのストレッチャブル・マイクロLEDプロトタイプを公開し、25%の伸縮比を実証している。
ただし、マイクロLEDもまだ技術的に完成されたわけではない。最大の課題は生産性であり、数百万個のマイクロLEDチップを正確に転写する必要がある。基板が柔らかいソフト素材であればあるほど、転写精度の確保が難しい。もう一つの課題は、タッチ操作性を実現するためのカバー層の融合技術である。ストレッチャブル・ディスプレイはシリコンゴムのような柔軟な基板の上に構成されるため、タッチ感度や耐久性に限界がある。特に正確なタッチ認識や物理的操作感を実現するには、ガラスのように硬いカバー層が必要となる。
このため、業界は柔軟性と剛性を同時に満たすハイブリッドカバー素材の開発に注力しており、高弾性硬質ポリマーやフィルム+ガラスの複合構造などが有望な代替案として検討されている。
実用例:立体インターフェースとしての進化
ストレッチャブル・ディスプレイの実用性を示した代表例としては、SID 2025で公開されたLG Displayの「立体インターフェース型ストレッチャブルディスプレイ」がある。この技術は、ユーザーの動きに反応して表面が盛り上がる構造を持ち、視覚的情報だけでなく物理的フィードバックも提供可能なHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)として注目された。
また、CES 2025ではAUOが同様の「立体型ストレッチャブルディスプレイ」を発表した。このディスプレイはストレッチャブル・マイクロLEDをベースにしており、ユーザーが触れるとその部分が盛り上がり、実際のボタンのように操作可能となっている。
UXの新たな中心へ
車のインテリアはますます「デジタル化された立体構造」へと進化しており、ディスプレイはその中心で、リアルタイム反応性と感情的体験を提供する役割を担っている。ストレッチャブル・マイクロLEDは、単なる伸びるディスプレイではなく、車という物理空間全体を有機的に接続する「立体インターフェース」へと進化している。技術的にはまだ課題もあるが、カバー基板とタッチ機能の一体化、大面積高精度転写技術などが実現すれば、この技術は未来の車内UX設計に欠かせない中心的存在となるだろう。