SemiDisplayView 2025年8月21日
ドイツのメルク社は、有機発光ダイオード(OLED)材料の開発戦略として「重水素(D₂)」と「単層(bitandem)」を重視し、AI時代の新しいディスプレイ需要に対応している。先日、韓国ソウルのCOEXで開催されたK-Display展示会において、同社は重水素代替技術を発表。これまでのリン光グリーン発光層や正孔輸送層(HTL)に加え、電子阻止層(EBL)への適用も開始すると明らかにした。
メルクOLED事業責任者 ヨハネス・カニシウス博士は韓国「電子新聞」に対し次のように語った。「AIの普及に伴い、ディスプレイにとって低消費電力と長寿命の重要性はますます高まっている。」AIデバイスは高性能演算を必要とし、そのためには消費電力の削減と発熱管理に優れたディスプレイ技術が求められる。
メルクのOLED戦略は「重水素化」と「積層技術」の2本柱だ。重水素を用いることでOLEDの発光効率と寿命を同時に改善でき、一方で単層技術(bitandem)は多層積層方式に比べコストを抑制できる。
OLEDの発光層はRGB(赤・緑・青)の主材料で構成される。HTLは電圧・効率・寿命といった素子の中核性能に直結する重要な層であり、EBLは電子が発光層から漏れるのを防ぎ正孔との再結合を助ける、RGB発光材料の鍵となる要素である。
重水素は水素の約2倍の質量を持ち、化学反応を遅らせる効果がある。発光層に導入することで、励起状態から発生する不安定エネルギーを制御できる。メルクによると、重水素化は電圧や効率など他の特性を維持しつつ、寿命を大幅に向上させられるという。
カニシウス博士は次のように述べている。「メルクはすでに最適な重水素化レベル(60~100%)を精密に制御できるプロセスを確立し、顧客の要求に応えられる体制を整えています。」
さらにメルクは、単一の発光層で寿命と効率を“積層レベル”に引き上げる研究プロジェクトも始動。通常、積層(tandem)構造は発光層を複数重ねて性能を向上させるが、その分材料コストは上昇する。単層技術がこれに匹敵すれば、低コスト化と高性能化の両立が期待される。
博士は「非積層方式はまだ開発初期段階にあり、積層レベルの性能に到達するには数年を要する」との見通しを示した。
メルクは韓国・平沢の浦升工場への投資を拡大し、ディスプレイメーカーとの協業を強化。応用センターをさらに拡張し、OLEDプロジェクトや顧客との共同評価に対応する体制を整える計画だ。
また同社はAR・VR分野にも注力している。これらは次世代AIデバイスと位置付けられ、昨年末にはディスプレイ・半導体・光学事業を統合し「フォトニクス部門」を新設。
カニシウス博士は最後にこう語った。「AR・VRにはディスプレイだけでなく、波導やマイクロディスプレイといった光学・半導体融合技術が不可欠です。メルクはそこに成長エンジンを集中させています。」