文涛|2025年8月26日
2024年11月11日、陝西省咸陽。彩虹股份が建設した中国初の超高世代ガラス基板生産ラインが点火・稼働を開始した。工場からは、厚さわずか0.5mm、数メートル四方に広がる巨大なガラス基板が千度の炉から滑らかに送り出される。その表面は鏡のように平滑だ。このガラス基板は液晶ディスプレイの「心臓部」にあたり、半導体におけるシリコンウェハーに相当する。長らく市場の9割を米国コーニングと日本勢が独占してきた。
ところがこの重要局面の直前、事態は急変する。2024年10月から11月にかけて、米コーニングが世界を股にかけた訴訟攻勢を開始。 13件の訴訟と2件の「337調査」を提起し、矛先は彩虹股份、TCL華星光電、惠科という中国のディスプレイ産業チェーンを代表する三社に向けられた。
ガラス基板の技術の壁
一見ただのガラスに見えるが、その技術障壁は極めて高い。基板は高温の溶融状態で成形され、厚さの誤差は髪の毛の100分の1以下、ミクロン単位に抑えられなければならない。さらに製造過程で片面は一切の接触を許されず、触れれば即座に廃棄となる。過去20年間、この技術を掌握してきたのはコーニングと日本の2社のみ。コーニングは単独で市場の50%以上を支配してきた。
彩虹の挑戦と価格崩壊
転機は2024年に訪れる。彩虹股份が100億元規模の巨額投資で咸陽・合肥に数十本の8.5世代基板ラインを建設し、初めて中国国内での量産を実現。中国勢のシェアはゼロから一気に10%へ上昇した。同時に価格は暴落。1枚あたり1000元以上だった基板は200~300元まで下落し、最大70%の値下げとなった。コーニングの「独占利益」は大きく削られた。
コーニングの反撃
コーニングの反撃は迅速かつ苛烈だった。
・2024年12月18日:米国ITCに対し、特許侵害(特許番号7,851,394など)および営業秘密の窃取を理由に第一弾の337調査を申請。
・2025年1月31日:わずか43日後、第二弾の337調査を追加。
案件番号は337-TA-1433と337-TA-1441。いずれも「中国製品を米国市場から排除せよ」と要求している。
さらにコーニングは、欧州連合、インド、中国本土、台湾でも訴訟を提起し、主要市場を網羅するグローバルな法廷包囲網を構築。矛先は材料メーカーの彩虹だけでなく、下流のTCLや海信などセットメーカーにも及んでいる。専門家はこれを「サプライチェーン全体を封じ込める戦略」と評する。
各社の対応と争点
・惠科(HKC)は2025年8月6日に和解し、337調査から脱出。
・彩虹股份は「8.5世代ラインは完全に自主知財」と主張し、徹底抗戦の構えを見せる。
争点は「溢流法(Overflow法)」と呼ばれる成形技術に集中。この技術はガラス液を溢流させて成膜し、原子レベルの平滑度を実現するもの。コーニングは先発特許で独占を築いたが、彩虹は「独自開発だ」と反論している。
中国最高裁の動き
2025年8月19日、中国最高人民法院の知財法廷がコーニング対彩虹の特許紛争を初めて審理。これは中国司法がこの国際商戦に初めて介入した事例となる。しかもそのタイミングは、ITCへの証拠提出期限(8月8日)からわずか11日後。今後は米国ITCでの公開聴証が控えており、両者が直接対決する構図となる。
中国ディスプレイ産業の岐路
中国にはすでに60本以上のパネルラインが稼働し、総投資額は1.5兆元超、年産能力は2.5億㎡に達する。2024年の産業規模は1080億ドル、世界シェアは過半。Omdiaの予測では、2025年には中国本土の液晶パネル生産能力が世界の76%を占める見通しだ。
だが上流のガラス基板が遮断されれば、1兆元規模の産業の「食糧供給」を絶たれることになる。まさに命運を分ける局面だ。
産業ゲームの読み合い
コーニングの売上の40%は中国市場に依存している。もし中国側が反独占規制を発動すれば、欧州委員会が2025年7月にコーニングへ排他条項撤廃を迫った事例のように、収益基盤を直撃する可能性がある。
一方、中国のTCL・海信は世界テレビ市場の40%を占める。ここで「脱コーニング化」が進めば、力関係は大きく変わる。
歴史的因縁
2009年、京東方(BOE)が初の第8世代ラインを建設した際、コーニングは中国進出し支援した。だが15年後、中国は「欠屏少芯(パネル不足)」の弱者から一気に世界最大のディスプレイ生産国へと逆転。戦場は下流セットから中流パネル、さらには上流材料にまで拡大した。彩虹股份の劉武站部長の言葉が現状を象徴している。「彼らが恐れているのは10%のシェアではなく、我々がさらに拡大する勢いだ」。